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2017.10.19 Thursday

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2008.07.30 Wednesday

鎌田少年の昔話 〜その1〜

2・3日前にとあるレーシングチームの監督さんから『ライダーなんだからちゃんとバイクの事を書けよ!』とダメ出しをくらいました。。f^_^;

確かにそうなんです…でも6・7月はなかなか自分的にリアルタイムなネタが無かったんですよねぇ…。


と言うワケで次からネタに困った時は、自分がバイクレースを始めた頃までさかのぼっての昔話をちょくちょくして行こうかと思いますo(^-^)o

今日はとりあえず上京するまでのエピソードのお話〜。
って結局バイク関係ないかも…?


・・・高校生の頃はバイクの走り屋一筋と言うわけではなく、バンド(ギター)にも結構ハマッていたワタクシ鎌田少年18歳。。
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TVでやっててもロクに見たことの無かったバイクレースでしたが、ただ乗るのが好きと言う単純明解な理由でバイクレーサーを夢見て『東京科学芸術専門学校(現TMC)』に入学したのでありました。


…ってあまりに単純過ぎる動機にはちょっとした理由があります。


高校2年生位までは、卒業したら地元の企業に就職するか、もしくは自動車整備学校にでも通えたらいいなぁなんて、特に夢なんて持たずに普通の生活を思い描いていましたが…
自分には岩手で一緒に暮らしていた家族とは別に、母方の実家(現在自分が住んでるトコ)に二人きりで暮らしているおじいちゃんとおばあちゃんがいました。
今は亡くなってしまいましたが、当時はおばあちゃんの調子が悪くて両親はしょっちゅう様子を見に岩手と東京の往き来をしていました。


そんな生活がしばらく続いていた高校三年になりたての頃、まだハッキリとした進路が決まっていなかった自分に向かい母親がこう言いました。


「居てくれるだけでも安心だから、アンタには東京に行っておじいちゃん・おばあちゃんと一緒に暮らして欲しい、それさえしてくれれば後は自分が行きたいと思う学校に行っても構わないから」と。


最初はちょっと戸惑いましたが、数日たって上京を決意した自分の頭の中は、「行きたい学校に行けるなんて大チャーンス!せっかくだから思い切って自分の好きな音楽かバイクの専門学校に行ってみよう!」という思考回路に切り替わっていました。


それから数ヶ月悩んだ結果、「バンドでプロを目指してます!」って言うんだと周りにも数名いて何だかありきたりだなぁ、どうせやるなら周りで誰もやってない事をした方が面白いかもな?と思った事が決め手で、当時愛読していたバリバリマシンの片隅に「モータースポーツのプロになる」って広告が載っていて前から気になっていた科芸専への進学を決意し、入学と共に上京したのでありました。


2002年の、春の事でした・・・



〜つづく〜
2017.10.19 Thursday

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