ARCHIVE  ENTRY  COMMENT  TRACKBACK  CATEGORY  RECOMMEND  LINK  PROFILE  OTHERS
<< May 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< メカニック… | main | 自分へのご褒美…? >>
2017.10.19 Thursday

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

2008.11.22 Saturday

昔話 〜その4〜

皆さんおばんでございます〜。


本日は仕事上がりが早かったのでヤットコさ昔話の続編をUPしたいと思います。


今思い返すとなんだか波瀾万丈過ぎてネタっぽくも感じられますが、一応全てノンフィクションでお送りしています!


昔話シリーズを初めて見る方は、カテゴリーを2008から昔話に切りかえてからご覧下さい。


それでは、はじまりはじまりぃ〜




それは今から遡ることおよそ5年…2003年の初夏の出来事―
081119_2309~01.jpg
前回お伝えした通り、過剰なまでに切り詰めた食生活&睡眠時間&走り込みを続けていた鎌田青年19歳。
この頃体は既に限界を迎えつつありました。。
栄養失調からか血色が悪くなってゆき、手が震えちゃってまともに走行受付用紙を書けない日々、、、もうどうしようもありませんでした。(-o-;)
「血尿なんか日常茶飯事!」といった感じで思考回路も軽くラリって(←死語)ましたねぇ。。


こんな自分がOSLの人達に顔と名前を覚えられ始めたのがこの辺りからで、よくビタミン剤とか食料をもらってたなぁ。。
当時のスタッフからは「あわれな子がまた来た!」と噂されていた様です(爆)


そんな無謀な生活を続けていた自分は、ある日それに見かねたOSLの代表さんから声をかけられ(むしろ立候補?)、次第にOSLの非常勤スタッフとして単発のバイトに入るようになって行きました。


そして丁度その頃、当時からOSLで開催されていたミニバイクレースのシリーズ戦『関東ロードミニ選手権』の初エントリーも果たしたのでありました〜。


当時の走行タイムはまだまだでしたが、これなら真ん中位は走れるだろうと思い勉強するつもりでレースに出てみる事にしたんです。


実はこの頃の桶川のレースは低迷期真っ盛りで、全てのクラスを合わせてもエントリー者が63台と今の半分〜1/3位しかいませんでした。。

自分がエントリーしたミニバイクレースの花形、SP12クラスでさえ多分16〜18台位だったと思います。この台数じゃ当然今みたくレベルによっての3クラス分けもございません!


こんな中今と変わらぬタイムアタック形式で行われた計時予選では、ベスト付近のタイムを出し10番手グリット辺りから決勝レースを迎える形となりました。
思ったより予選がうまく行きテンションがムダにUPしてしまった自分は、「更なるジャンプUPを!」と意気込みまくって気合300%のままいざ決勝へ!


…レース経験のある方ならご存知の通り、こんな精神状態でうまく行く程決勝は甘くありません。。
スタート練習もろくにしていなかった自分は、案の定シグナルが変わった瞬間にサオダチウイリーをかましてしまいましたf(^_^;


コレにより一気にビリ付近までポジションを落とした自分は、その後前走者を交わすのに手こずり結局ビリから3番目辺りでフィニッシュ。
辛うじてベストタイムは更新しましたが、この日出た初レースにより受けたショックで相当落ち込んだ事は今でも忘れられません…。
落ち込みすぎて周りにいた知り合いとも暫くろくに口きけなかったっけ。。


…こうして初レースに出場するも結果に繋がらず気持ちが沈んでしまった鎌田青年19歳は、心境の変化からか「とにかくまずこんな無茶苦茶な環境を改善しなきゃあダメだ…」という考えに行きつき、(←実際どんな経緯だったかはハッキリ覚えていません。。)夜勤のバイトを辞め桶川スポーツランドに常勤で働く決意をします。



が、その前にガムシャラな生活から距離を置き、一度自分を見直す事が必要なのかもなとふと考え、短期の里帰りをしてみる事にしたんでした。。


カラダが完全に壊れるまでの導火線に火がついたのは、ちょうどこの頃でした…。


〜つづく〜


↓最後に生温かい一票をお願いしまーすm(_ _)m↓


人気ブログランキングへ
2017.10.19 Thursday

スポンサーサイト

Powered by
30days Album
PR